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      <title>雑学の雑学</title>
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      <description>巷に溢れる雑学、鵜呑みにして恥かいてない！？</description>
      <language>ja</language>
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         <title>登校拒否と母子分離　2</title>
         <description>良くいわれる母子分離ができていない例といえるわけですが、それではどうすればよいかということになると、だれにも急に解決法は無いのです。


時期を見て、家庭の協力のもとに、親子ともに成熟したおとなの生活に入るようにということを専門家は助言します。


また沢山の例を取り扱ったという医師などは、いろいろの成功例をあげてくれますが、私の実感では、それは自分で成功した条件のそろったものをいわば得意になって紹介しているように思えてなりません。


実態はとてもそんなものではないと……。


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         <pubDate>Wed, 01 Sep 2010 14:28:03 +0900</pubDate>
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         <title>登校拒否と母子分離</title>
         <description>ひとつの例をひいてみましょう。


ある中学生の母親がいます。


子どもが学校を休みはじめてから約半年になります。


この母親は私のところへ来るごとにまず不安を訴えます。


子どもの休んでいるのをみると、気が狂いそうになります。


私がおかしくなっているのです、と自認しています。


さらに、父親がさっぱり協力しないとこぼします。


子どもも父親を好んでいないのでしょう。


離婚したほうが良いのではないかと、悩んでいます。


とにかく、子どもを恐れています。


どこか施設へしばらく離してみては、ということになり、またしばらく夏休みの間でも子ども同士の生活のできる企画に参加させてみては、という段取りになりますが、ギリギリのところで、結局子どもが離れない、というよりも不安で離せない……というわけです。

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         <pubDate>Mon, 30 Aug 2010 14:26:52 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき９</title>
         <description>ケープ州は大きな岩山が点在し、緑のほとんどない不毛の大地が続く。
列車は右に左に蛇行しながら山中を淡々と進む。

山中を抜け切ると夜が明け、平原に出る。

ユーモラスなフラミンゴの群れが目に入ってくる。

次第に緑が増えてきて、ブドウ畑やワインファームが点在する中を走る。
遠くに有名なテーブルマウンテンが見え、それが徐々に大きくなってきたところで、終着のケープタウン中央駅に到着する。

大西洋に臨むケープタウンは、近代的な町並みの中に開拓時代の19世紀の建物も残る町。

そして喜望峰観光の基地でもある。</description>
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         <pubDate>Mon, 02 Aug 2010 16:24:20 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき８</title>
         <description>相変わらず大平原が続く。時折、ヌウ、ダチョウ、インパラなどが目に入ってくる。

いかにもアフリカを実感させてくれる光景だ。夕刻、キンバリーに到着。

列車は、ここでしばらく停車する。
発車すると、ほどなくディナーの時間である。

ここは少し改まって、ドレスアップが必要である。
サバンナの夕陽ヨハネスブルク駅の専用チェックイン・カウンター。

ここからホームに下りて行くに見とれながら、フルコースの料理に舌鼓をうち、ご機嫌で部屋へ戻る。
日付けが変わり、列車はさらに南下を続けてケープ州に入る</description>
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         <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 16:23:18 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき７</title>
         <description>南アフリカ最大の都市で、経済と商業の町、そしてかつては金鉱で栄えた町でもあった。

今も、その名残りのボタ山が都心の近くで見られ、往時をしのばせている。
ここもまた、高原都市である。

ヨハネスブルクから、列車は南西に進路を取り、トランスバール平原へと進む。
ヨハネスブルクの喧騒が嘘のように、一転してのどかな牧歌的な景観に変わる。

牛がのどかに草を食み、穀物畑ではトウモロコシなどが風にそよいでいる。
256km地点のクラークスドープを過ぎたあたりで、美しい車窓を眺めながらランチをとる。</description>
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         <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 16:22:20 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき６</title>
         <description>もちろん、贅のかぎりを尽くしたディナーやランチもこれにふさわしく華麗で、そしておいしい。


ラウンジカーもすばらしい。

重厚な造りのソファやテーブルがふかふかしたカーペットの上にセンスよく配置され、くつろぎの一時を心地よく過ごさせてくれる。

中央にはバーもあり、カウンターの後ろにはロゴマークの付いた記念グッズが陳列・販売されている。

高原都市で、行政上の首都でもあるプレトリアを発車した「ブルー・トレイン」は、一路南下して1時間ほどでヨハネスブルクに到着する。</description>
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         <pubDate>Sat, 12 Jun 2010 16:21:19 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき５</title>
         <description>室内は木の茶とブルーを基調に、金色のアクセントをつけており、華やかさはないが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

カーペットもふかふかと分厚く、全体になんともいえない格調を漂わせている。

また、窓のガラスも熱と光をソフトにするために特殊なコーティングを施すなど、細かい配慮が行き届いている。

食堂車は、2人用と4人用のテーブルで、各テーブルは木製の間仕切りで仕切られており、中央部のコンソール・テーブルにはたくさんの花や果物がアレンジされている。

まさしく、超高級レストランそのものだ。</description>
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         <pubDate>Wed, 02 Jun 2010 16:19:45 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき４</title>
         <description>車体はいうまでもなくブルー、それも見事な色調のコバルトブルーで塗装されている。

客車の客室は、A、B、C、Dの4タイプに分かれる。

Aが最高ランクのデラックス・スイートで、2つの固定ベッド、ソファ、テーブル、長椅子、衣装棚、それに浴室トイレ、ミニバー、冷蔵庫など、高級ホテルのスイートルームにも匹敵する設備と備品が揃えられている。

これに次ぐB～Dタイプには、2人用と1人用があり、Bタイプには専用の浴室とトイレ、Cタイプには専用のシャワーとトイレが付いている。
Dタイプには洗面所(一部トイレ付き)はあるが、シャワーは共用になる。</description>
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         <pubDate>Wed, 12 May 2010 16:18:55 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき３</title>
         <description>「ブルー・トレイン」という名前になってからの輝かしい歴史は、ここからスタートを切る。

「ブルー・トレイン」は、南アフリカの3大都市であるプレトリア、ヨハネスブルク、ケープタウン間1608kmをまる一昼夜かけて結ぶ、南アフリカ自慢の、世界でも屈指の豪華寝台列車である。

現在の車両は、1972年に製造されたものだが、2両の機関車の後ろに荷物車、電源車、続いて客車が4両、その後に厨房車と食堂車、ラウンジカーが続き、再び客車が7両、そして最後が車運車といった編成である。</description>
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         <pubDate>Sun, 02 May 2010 16:18:04 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき2</title>
         <description>日本の「ブルー・トレイン」は、かつて&quot;走るホテル&quot;ともてはやされたこともあったが、決して豪華列車というわけではない。

南アフリカの「ブルー・トレイン」は、その前身を1923年まで湖ることができる。

この年に登場した「ユニオン・リミッテッド」という豪華列車がそれである。

この列車はその後、1939年に車両を一新して、さらに豪華な列車になった。

第二次世界大戦が勃発したため、一時中断の憂き目にあったものの、終戦後ほどなく復活、この列車に当時の運輸大臣F.C.スタロック卿が「ブルー・トレイン」と命名した。</description>
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         <pubDate>Mon, 12 Apr 2010 16:17:04 +0900</pubDate>
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         <title>乗り物だいすき</title>
         <description>「ブルー・トレイン」という言葉は、日本ではすでに耳に馴染んでいるが、残念ながらこの呼称は日本のオリジナルではない。

古くはパリとコート・ダジュールを結ぶ、アガサ・クリスティのミステリー『青列車の謎』で知られる「トラン・ブルー」があり、これに南アフリカの「ブルー・トレイン」が続く。

いずれも車体が青く塗られていることから名づけられたものである。

しかし、もしこの「ブルー」のなかに「豪華」というニュアンスが込められているとしたら、真に「ブルー・トレイン」の名に値する列車は、現在では南アフリカの「ブルー・トレイン」だけかもしれない。</description>
         <link>http://usccatholic.com/2010/04/post_18.html</link>
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         <pubDate>Fri, 02 Apr 2010 16:15:32 +0900</pubDate>
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         <title>日本の終戦はホントは８月１０日？</title>
         <description>昭和２０年（１９４５）８月１５日は、歴史上、太平洋戦争で日本がポツダム宣言を受諾して連合国に無条件降伏した日となっている。
しかし、日本はこの５日前の８月１０日に御前会議でポツダム宣言を受諾することを決めた。
受諾することを連合国側へ知らせるため、１０日の午後８時過ぎに、ＮＨＫの海外放送（ラジオ東京）が短波で日本降伏のニュースを日本語と英語で放送したという。

短波受信機が普及しているアメリカやヨーロッパの人々は、８月１０日に日本の敗戦と戦争終結を知っていたのだそうです。
短波受信機が普及していない、持っていても短波の聴取を禁じられていた日本人は１５日の正午に行われた天皇の玉音放送でやっと知ることができた。

国民が知らないのなら知った日が終戦で間違いはないと思いますが、
こういったタイムラグがあったんですね。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">その他</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 02 Mar 2010 23:45:00 +0900</pubDate>
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         <title>いろんな国での呼び方</title>
         <description>ファスナーは英語ですが、ほかの国は違う呼び方がされていることがあります。

フランス…フェルメチュール・ア・グリシエール、「閉鎖のスライド」の意味。

ドイツ…ライスフェアシュルース、「リース？閉鎖」よく意味がわかりませんが、「reissverschluss」の「verschluss」が閉じるというイメージのようです。

イタリア…キウズーレ・ランポ、「閉める電光」の意味。すばやく閉められるという意味と思われます。
中国語…ラーリェン（拉鏈）、「拉」は「ラーメン（拉麺）」にもありますね。「鏈」はチェーンの意味。
なんとなくイメージが伝わりますね。

中南米（スペイン語？）…シェレス・レランパゴス、「閉じる稲妻」みたいな意味。

アメリカ…「ジッパー（Zipper）」か、「ジップファスナー（Zip Fastener）」といいます。スライダーを上下するときの「シューッ」という音から「zip」という擬音になったようです。

日本…「チャック」は少し年配の方の言い方です。アメリカンなもの（ジーンズなど）は「ジッパー」を使って、そのほか一般的には「ファスナー」を使う。「お口にチャック」のときだけは、ジッパーやファスナーではなく、「チャック」を使います。

えぇ～チャックって言いますけど、年なんですかね。
ただチャックって言葉を使う親によって育てられただけかの違いかと・・・。
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         <pubDate>Fri, 29 Jan 2010 23:59:31 +0900</pubDate>
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         <title>ゾウの鼻に骨はあるのか</title>
         <description><![CDATA[動物園やサーカスなどで、子供たちに人気のある動物といえばゾウ。

ゾウの鼻は自在に動くので骨が無いように見えるし、あれだけ長いのだからやはりあるように思えるが、結論は・・・・・骨は無い。と言うのは、ゾウの鼻は鼻と上唇が発達したものなので、全て筋肉から出来たものなんだそうです。
それにしては、随分と太く力強い。
ゾウにとって、鼻は傷つけたり、失ったりすると食料を得るのが難しくなり、生命にもかかわる事態を招く事になる重要な器官。

<a href="http://usccatholic.com/images/436462646.jpg"><img alt="436462646.jpg" src="http://usccatholic.com/images/436462646-thumb.jpg" width="330" height="247" /></a>

少しぐらい骨があってもいいような気もしたんですが、ないんですね。
勉強になりました。
 ]]></description>
         <link>http://usccatholic.com/2009/12/post_15.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">動物</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 23:59:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ドレミファソラシド</title>
         <description>アメリカでは「ドレミファソラ　ティ　ド」
「サウンド　オブ　ミュージック」で、「ドレミの歌」があり
そこで歌われている音名は、「ドレミファソラシド」ではなく「ドレミファソラティド」です。
アメリカでは「シ」が「ティ」なんです。

ペギー葉山さんの「ドレミの歌」は、これを日本語に訳してアレンジしたもので
「シは幸せ」となってますよ。

原曲のほうは「Ｔｅａはパンとジャムと一緒に」なんて歌われています。

ちなみに「ド」は「ｄｏｅ」で牡鹿、「レ」は「Ｒａｙ」で太陽光線、「ミ」は「Ｍｅ」で「私」、「ファ」は「Ｆａｒ」で長距離、「ソ」は「Ｓｅｗ」で「縫い物」、「ラ」はなんと「ソ」の次！となってます（笑）

インドやネパール、バングラデシュなどでは、「ドレミファソラシド」は「サレガマパダニサ」というそうです。

覚えとくといいかも。
テストに出るかは・・・？？
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         <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 23:46:54 +0900</pubDate>
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